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移住体験談

一色 登希彦さんNO1

2014/3/24

~ 一色登希彦(いしきときひこ)さんプロフィール ~

      東京都出身の漫画家さんです。

 ご夫婦で2011年4月に紀北町に移住。

 現在、道瀬地区にて地元民宿のご夫婦と一緒に

 民宿の一部を改修した『道瀬食堂』というお店のマスターに。

 地元でとれた野菜・魚など、身体に良く安心して食べられる“こだわり”のメニューを提供しています。

 

●田舎暮らしをしようと思ったきっかけはなんですか?

 東京に住んでいた2011年3月11日に東日本大震災と原発事故が起こり、移住を考えました。まず東京を離れようという動機が先にありました。

 

●数ある地域の中でどうして紀北町だったんですか?

 僕たちは、移住というよりまずは“避難”が目的でした。

 以前から紀北町に知り合いがいて、何度か仕事で訪れていた※『ゆうがく邸』に、震災が起こった翌月の4月から夫婦で仮住まいを始めました。

 実は、震災が起こった年の初めに、紀北町に「ふるさと納税」をしたいと思ってその準備をしていました。そのことも紀北町を避難先として選んだ大きな理由です。

 ※『ゆうがく邸』…紀北町にある生活体験レジデンス 

 http://apoc-mie.org/yugakutei/

 

●田舎暮らしに不安はなかったですか?

 いや、もう不安しかなかったですね。自分達は普通の田舎暮らしを始めたいとういケースと違って、十分な下調べをせず、まずは安心できる場所を求めて紀北町へ来たので。

 『ゆうがく邸』に滞在した2011年4月から12月までの間は夫婦でその不安をひとつずつつぶしていくための時間でした。ふたりで色々なことを沢山話し合い、紀北町に住むことを決めました。

 

●紀北町に決めた理由は何だったんですか?

 いい人たちに出会えたこともありますが、僕たちには次の場所がなかったんです。僕たちはふたりとも出身が東京で田舎がなく、東京にも戻れなかったですし。

 紀北町で馴染めないようならどこでも馴染めないと思ったので、知り合いのいるこの場所で生活を始めてみようと思いました。

 

●道瀬地区に住もうと思ったのはなぜですか?

 仮住まいをしていた『ゆうがく邸』がある紀伊長島駅の辺りは僕たちふたりには都会過ぎたんです。そう言うとおかしいんですが、田舎暮らしには地域との交流が大切なのは分かっていて、道で会った人にちゃんと挨拶したいんですけど、全員にこちらから話しかけていいのかどうか分からないような広さの「都会」だった。

 道瀬地区で家を借りられたときに、人もそんなに多くなくて自然の環境も良くて、地域との繋がりが僕たちにとって“いい距離感”だったので、ここならやっていけると思いました。

 

●実際住んでみて、驚いたことや戸惑ったりしたことはありましたか?

 東京以外に住もうと決めたときに、最初はいちいち驚きや戸惑いばかりだろうなと覚悟をしたんです。

 震災と原発事故という非常事態の中で、僕たちは田舎暮らしに対する動機が普通じゃなかった。自分たちの可能な限りの想像力とスキルを使って馴染もうとしました。変な意味でなく“田舎暮らし”に期待していなかったんです。驚きや戸惑いといったカルチャーショックを受け止め、消化するのは自分たちがするべきことだと思っていました。

  • 一色 登希彦さんNO1_写真1

    カフェオレと一色さん。

    たっぷり入るカフェオレ用のカップは、

    あと2種類・・・

    どのカップで出てくるかはお楽しみです♪

    売り切れて空になっているケーキホールには

    チョコレートケーキがあるはずでした。(残念)

  • 一色 登希彦さんNO1_写真2

    玄関を入ってすぐの風景。

    ピザ職人が作る“本日のピザ”たちが並ぶ

    メニュー看板がお出迎え!(^^)!

  • 一色 登希彦さんNO1_写真3

    珈琲はこだわりの…

    詳しくは、

    マスター本人にお聞きください。

    この珈琲がカフェオレにも

    活かされます!!

住所

紀北町道瀬

移住年月

平成23年4月
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